2002/03/19


いつもより早く目が覚めた。今日は朝から気分がよかった。昨日までのひどい風邪は痕跡すらなかった。まだ若いんだあ、と思えて思わず涙がでた。結局15分はやく下宿を出た。中央線の先頭車両に揺られた。御茶ノ水駅で降りて本郷に抜ける道を歩いた。天気もよかった。木々に小さな桃色の花が咲いていた。桜?自信はない。


交差点で信号が青(正確には緑)に変わるまでの間、煙草に火をつけた。昔、こう考えたことがある。お菓子、特にガムを路上に捨てててはいけないよ。掃除してくれる人が大変でしょ?と母親に注意されたとき、もし世界中の子供が、大人が、ポイ捨てや投げ捨てを止めてしまったら、それを掃除する仕事をしている人にとってはそれこそ大変なんじゃないだろうか、と。実に子供っぽい、自分勝手は理屈だ。しかし、今でもその思いはなにも変わっていない。ちっとも。結局、生活のうえで仕事というものは人の嫌がること、面倒くさいこと、つまらないことを分配するシステムに他ならないのである。人が生きていく上で発生するこれらの苦をまんべんなく分散することで人は差し引きゼロで(多くは若干のマイナスで)生活できるのである。煙草を吸いながら、そう考えた。


ふと目の前に一台の軽トラが止まっていた。見ると荷台にはなにも載っていない。煙草を勢いよく投げ捨てると、私はおもむろに荷台に乗り込んだ。同じように信号で止まっていた後ろの車の運転手が口を半開きにして私を見ていた。ハッピー。私は口に出してそう言うとその場に体育座り座った。軽トラの運転手は私に気がついたようだった。しかし何も言わなかった。そういうこともある。ハッピーなときは特に。信号が変わり、私を乗せたそのトラックは動き出した。春の暖かな日差しのなか、私は自分がどこか見も知らぬ場所へ運ばれていく、そういう空想に浸りきっていた。


そのまま二時間ほど過ぎた。軽トラがどこに向かっているのかさっぱりとわからなかった。千葉?埼玉?恐らくそのあたりだろう。しかしもしかすると神奈川だという可能性も捨てきれない。私はとたんに不安になった。私はどこに行こうとしているのだろう・・・いったいどこへ・・・。頬そよぐ風に尋ねてみようとしたが、よした。ちょうど運良くトラックは道沿いのセブンイレブンの駐車場に停車した。長い時間荷台で風に当たっていたせいか、少し具合が悪かった。風邪がぶり返したようだった。私は凍えた体に鞭をうってトラックから飛び降りると運転席から今まさに降りようとしている運転手にこう詰め寄った。


「いったいどこへ連れて行くつもりなんですか!」
「群馬だよ」


気を失いそうになった。私は不思議な顔でこちらを見る運転手にむかって、まるで犬畜生を追っ払うように手の平をひらひらさせながらその場を離れた。足がガクガクしてまともに立っていられなかった。煙草に火をつけた。携帯から会社に電話をかけた。すいません、すこし遅れます。ええ、すいません。うっかり群馬にいくところでした。