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井の頭で桜を見たんだ。夜桜。
奇をてらったような…そんなスカーフをした男がそっと独り、呟くんだ。
「…寂しいよ」
隣の大学生の集団が奇声を発して、その声はみんなの耳には届かなかった?ううん、きっとしっかり届いてた。でも誰もその言葉には応えない。もう、みんな、大人だし。
少し遅れてきた男の子が、少ししめっぽい場の空気を読んで、なのか。一升瓶の底を夜の桜にむけて、挑んだ。どぼどぼと口から溢れて、それは「いかにも」なかんじで、風流だったけど、「いかにも」なかんじが、やはり興ざめだった。それになんだか、口からしたたる透明なアルコール液が、ぼくには彼の涙に見えたし。
それで少し辛くなって、モゴモゴと言い訳を口にしながら、部屋に戻ったんだ。外気じゃないもので、凍えながら。
頭痛いし。いつものように、欲求不満の乾いたスポンジのような肌の人妻が集まるあの場所で行って釣り針を落としてフケ集めてたら、瞬く間に36歳既婚のババァが掴まってさあ、
「ちょっと今日は嫌なことがあって…なんだか寂しいんです。良かったら会って話を聞いてほしいけど」
つったら、じゃあ、車出すからって。
あの人、もしかしてまだ三鷹の駅で待ってたりして。もしかして、ずっとずっと待ってたりして。それこそ一生かけて、待ってたりして。そして待っているそれは「ぼく」じゃなかったり、して。